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時の翼 投稿者:ぴぃ 投稿日:1998年08月24日 01時10分
1998年8月15日。
終戦記念日であるこの日に僕は、学校からの帰りに交通量の多い国道沿いの歩
道を歩いてた。
なんて事はない毎日の通学路だ。
僕の名は、摩耶弘文。
毎日この国道に沿って通学している高校二年だ。
今まで平凡な人生、平凡な生活を送って来た。
だが僕の人生は、この日を境に狂い始めだしたのだ。

けたたましい騒音をまき散らし何台もの車やバイクが行き交う国道。
日本中で交通量の多い道路ベスト10に必ず入っていると言って良いほど交通
の激しい所だ。
僕がふと、その国道の向こう側を見ると見た事がある人がこちらを向いて大き
く手を振っていた。
よく見ればそれは、僕の妹だった。
四歳年下の妹。僕の家族は、僕と妹の一美、母だけの三人家族だ。
父は、僕が幼い頃母と離婚していた。
僕と妹は、ずっと母に育てられて父の顔など見たことも無かった。
そして、その父の写真さえ一枚も残って無かったのだ。
だから自分の父の存在を感じた事など無かった。
妹の一美が国道の向こう側で僕を見つけてたのだろうが、妹はめったな事で兄
である僕に手を振るなんて事はしない。よほどの用事があるのだろうか。
僕が国道の横断歩道の手前に立ち、妹がこちら側へ渡ろうと信号が青に変わる
のを待っている。
そして、数分が経過してようやく信号灯の色が赤から青へと切り替わった。
妹は、即座にそれを確認すると僕の方へと走り出した。
そして、妹が横断歩道の半ばまで来たとき僕の視野の端の方からモノスゴイ
スピードで迫ってくる一台の車を僕の目は、捉えていた。
「おっ・・おい!!!一美!!!」
僕は、思わず声を出していた。
その声が妹に届いていたかどうかは、ワカラナイ。
しかし、妹の身体は迫ってくる車の前に飛び出していた。
僕の周りだけが時間の流れを見失った様に全ての動きがスローモーションなる。
そして、ユックリと呑み込まれる様に一美の身体が迫って来た黒い車に吸付いていく。
何かがひしゃげる音。
何かが潰れる音。
何かが壊れる音。
空を飛ぶ一美の身体。
その僕の記憶は、この時を境にプッツリと途切れてしまった。

気がつけば僕は、「手術中」と書かれた赤く点灯した表示灯の下で長椅子のすみに
腰掛けていた。
「何が・・・くそぉ!!」
僕は、無意識にそう叫んで勢いよく立ち上がった。
パタパタとスリッパで廊下を走る音が遠巻きに僕の耳に聞こえてくる。
汗で崩れた髪形、走りつづけたために乱れた服装。
どれをとっても必死に走ってきたのだとわかる格好の女性が僕の前にやってきた。
「弘文!!一美、一美は!?」
その女性が僕に向かってそう叫ぶ。
彼女は、一美の母であり僕の母でもある人だ。
母は、見た目は若く見えるがもう40代である。
未だに30代前半に見える母が時々怖いと思う事さえある。
母は、取り乱した様子で何度も僕に一美の事を問い詰めたが僕は何も言えずにただ
黙っている事しか出来なかった。
しばらく静かな時間が流れ、実際の時間感覚を忘れるほどの時間が僕と母を通り抜けて
いた。
ふと「手術中」の表示灯のランプが消えた。
手術室の扉が開かれて、一美の担当医がユックリとした足取りで中から出てきた。
むろん、母は直ぐにその担当医に詰め寄った。
その事に担当医は、頭を下げてすまなそうな顔を見せた。
「残念ながら・・・・。」
担当医は、静かにそう言うと母を降りきってそそくさと僕と母の元を去って行った。
母は、しばらく放心状態で僕の身体にしがみついた。
そして、堤防が崩れ去るかのように激しく泣き出したのだ。
そんな母と僕の後ろを数人の看護婦と手術助手が手術室から出てきて通りすぎて行く。
最後に魂の抜けた一美の身体を乗せたキャリアーが運ばれていった。
母は、その間ずっと泣き続けた。
つづく