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時の翼B 投稿者:ぴぃ 投稿日:1998年09月14日 23時56分
 僕は、図書館の入口で待っていた。
そんなに長く待っていたわけではなく。
ほんの五分ほどだ。
図書館の中から走ってくる女性。
僕は、彼女を待っていた。突然、話があるからと僕を引き止めた彼女を待っていたのだ。
彼女が僕に話があると言った事に僕は、少し戸惑を感じた。
誰だってそんな事を突然言われては、戸惑うと思うが僕が借りた本の事もあって話ぐらいならっと
思った。
「ごめん!ごめん!待った?」
「いいよ。これぐらい。」
「そっ、それじゃ行こう!」
彼女がそう言って僕の腕を掴む。
図書館の受付嬢。彼女の名前は、岩波鏡花と言った。
彼女は、大学生で専攻は考古学だそうである。
アルバイトに図書館の受付をやっているらしい。
彼女は、別に話しをするわけでもなく僕を町中へ連れ出して買い物の付き合いをさせられた。
そして、彼女が本題に入ったのは、かなり日が暮れた時だった。
僕が借りた本について話があるからと落ち着ける場所にと近場の喫茶店に岩波鏡花は、僕を連れて
来た。
静かなそれでいてアンティークな内装がまわりを落ち着かせているそんな喫茶店である。
僕と彼女は、外が見えるガラス張りの隣の席でお互い向き合っていた。
「実は、・・・・」
っと唐突に岩波鏡花が話しを切り出した。
「実は、その本の作者・・・私のお祖父さんなの!!」
「えっ?」
僕は、ちょっと驚いた。いや、少しだ。
「私のお祖父さんって、ちょっと名の知れた考古学者だったのよ。でもその本は、ちょっといわくつき
でね。」
岩波鏡花が真剣な瞳で身を乗り出す様に僕に言った。
「そんなヤバイ本なのか?」
「そう・・・その本に書かれてる事って非現実的なの。だから、その本にのめり込んで現実を忘れてし
まうと・・・現実の世界から消えてしまうわ。私の父も母も現実を忘れて何処かへ消えてしまった。」
岩波鏡花は、少し悲しそうな表情で僕の顔をみつめる。
「でも私は、消えなかった。現実を強く感じていたから消えなかったのよ。」
「・・・・」
「貴方、その本読む時は、気をつけて!現実を見失っちゃ駄目よ!じゃないと消えちゃうから!」
岩波鏡花は、すぅと僕の顔の前に人差し指を立てニコリと微笑んだ。
彼女の話は、とても信じられるものじゃない。
かなり非現実的だと思う。
こんな話を誰が信じるのか。
そう僕が思って頭を悩ましていると彼女が再び口を開いた。
「ってね。みんな嘘だから。」
岩波鏡花が笑みを浮かべる。
「え?」
「嘘だから・・・今まで言った事・・全て!」
「ええぇー!?」
僕は、またまた驚いた。
今度は、とてつもなく驚いた。
だぶん嘘かなって思っていたけど。こうあっさりと嘘を言われて僕には、戸惑いさえあった。
「嘘って?じゃ、どうして僕に話があるって言ったんだ?」
「・・・今日は、淋しかったの・・・だから・・・誰かに話を聞いて欲しかったのかな・・。」
岩波鏡花は、そう言って「わからない」って言っている様に首をかしげた。
「でも、私が貴方を誘ったのは、その本を借りた人だったからよ。」
「え?」
彼女は、突然椅子から立ちあがった。
「それじゃね。楽しかったわ。」
岩波鏡花は、僕の前から立ち去ろうとする。
突然だったので、彼女を呼び止めようと僕も立ち上がった。
「あっ・・・待ってよ!」
「待てないわ。だって、待つ理由ないもの。」
「・・・・」
僕が彼女の言葉に何も言えないで苦虫を噛締めていると岩波鏡花は、フッとまた笑みをもらした。
「また逢えるでしょ?図書館でね。」
「あっ・・そうだね。」
また逢えるのだと岩波鏡花は、言った。
しかし僕は、今もう少し話しをしたかった。
なにか、会話も中途半端に終わったようで気持ちが落ち着かない。
実際よく考えてみても彼女は、何が言いたかったのか。そして、僕も何を彼女に伝えたかったのか。
この時には、わからなかった。
つづく