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時の翼C 投稿者:ぴぃ 投稿日:1998年09月23日 22時23分
 岩波鏡花は、僕にとっては不思議な女性だった。
何が不思議だって言えば彼女が時々見せる悲しそうな笑みだ。
僕には、その彼女の笑みがとても悲しそうに見えた。
あの後、彼女とは直ぐにわかれた。
そして、僕が自分の家に着いたのは夜の9時をまわっていた。
僕の家は、一軒家でそれも小さなこじんまりとした家である。
母親一人で一軒家なんてって思うかも知れないけど、母が離婚した僕の父は結構金持ちだったようで
慰謝料をたんまりと貰ってやったと母は自慢していたのを覚えている。その金で家を買ったのだと母
は僕に言っていた。
僕が家の玄関扉に手をかけた時には、周りは暗く静まりかえっていた。
「ん?」
この時僕は、おかしいと感じた。
もう、夜の9時をまわっているのに母が帰ってきていないわけがないのだ。
だから、家の中から光が漏れていないと言う事はおかしいのだ。
「母さん!?」
僕は、玄関扉を開いて中へ踏み込むとそう叫んだ。
玄関扉には、鍵が掛かっていなかった。
なのに母の返事は無く。
そして、僕は靴を脱ぎ家の中へ用心深く入って行った。
「母さん!?」
僕は、もう一度叫んでみる。
やはり母の返事は、無かった。
少し耳をすましてみると何か水が流れる音が聞こえてきた。
「水の音?風呂場・・か?」
僕は、そう思って風呂場へと足を運んでみた。
半開きになっている脱衣所の扉、中は暗く電気も点いていない。
僕は、脱衣所の明りを点けるために扉の近くのスイッチを入れた。
「え?なんだ!?」
僕は、少し驚いた。
脱衣所がかなり散かっていたからだ。
そして、僕は視線を風呂場へ向けた。
溢れきったバスの水。
今だに蛇口からバスの中へ流れてる水。
バスの中の水は赤く染まっている。
それは血の赤だった。
母がバスにもたれる様に倒れていた。
そして、母の右手はバスの中へ、左手には剃刀が握られている。
それを見て僕の心は、氷ついた。
脇に抱えたはずの「時の翼」の本が床に落ちて大きな音を鳴らした。
僕の視線は、釘ずけで動かせない。
「うそだろ?冗談なんだろ?嘘だって言ってくれよ。母さん。」
僕は、力なくそう言った。
つづく