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僕は、母はもうふっきれていたと思っていた。
一美の死を乗り越えたと思っていた。
しかし、そうでは無かった。
一美の命日に母は、思い出してしまったのだろうか。
母の日常と言う積み木が一美の死と言う心の揺らぎに崩れてしまったのか。
でも、自殺なんて・・・。
母の命は、奇跡的に助かった。
僕の発見が早かったためだと医者が言っていた。
僕は、病院の人に無理を言ってまだ意識の戻らない母の側で学校にも行かず三日三晩過ごした。
ただ、母の意識が早く戻る事を願って。
そして、三日目の夕方頃だった。
あの男がやって来た。
僕と母の前にあの男がやって来たのだ。
背の高いガッチリとした体格、きっちりとスーツを着こなし顔は、40代に見える。
その男が右手に見舞用の花束を握って僕と母の居る病室の扉を開いた。
その男は、おもむろに僕の前まで来るとじっと僕の顔を見据えた。
「君が弘文君だね?私は、君の父親だっだ者だよ!」
その男が初めて口を開いた言葉がそれであった。
その言葉を聞いて僕は、何かどす黒い感情が湧き上がってきた。
「父親?一美の葬式にも来なかったあんたが母が入院したからって見舞に来ただと?なぜ今更、父親と
言うんだ!?」
じょじょに激しくなって行く自分の感情を押さえながら僕は、そう僕の父となのる人物に言った。
そして、僕と父との間に流れる静かな沈黙と渦巻く不確かな感情。
「君は、私の息子だが。一美は、・・・・私の娘ではない。」
その男が静かにそう言って僕を見据えた。
その男のその言葉に僕は、とりとめなく噴出してくる感情を押さえきれなかった。
思わず父であるはずのその男に僕は、掴みかかっていた。
「なっ・・・なんだと!?何て言った!!?」
父の胸のシャツをしわくちゃになるまで力強く掴んだ僕の両手。
しだいに黒く染まっていく自分の心を感じて僕は、震えが止まらなかった。
父を掴んでいた両手まで震えだした。
感情を押し殺して僕は、両手を父の服から離した。
そして、僕は父を突き飛ばすと部屋を飛び出した。
廊下を走って病院を抜け出してもう闇に染まりつつある空の下を僕は、駆け抜けていった。
何処でも良い僕の心が落着ける場所を探した。
僕は誰も居ない公園のブランコに腰をかけていた。
周りの暗闇がもう夜だと言う事を感じさせてくれる。
僕は、頭をかかえてじっと自分の中から噴出してくる暗闇に耐えていた。
身体がこぎざみに震える。
ふと何かの気配に僕は、ゆっくりと顔を上げた。
「・・・・」
「こんな所で・・・・・。」
そこには、一人の女性がたっていた。
その女性は、じっと僕を見ている。
「・・君は、・・・・・。」
その女性は、そうあの図書館の受付、岩波鏡花だった。
ただ、その寂しそうな目を向けられて僕は、自分の心がじょじょに平静を取り戻していくのを感じていた。
つづく